biography◎こんな所までどうもです。*さらに詳しい管理人紹介です。興味のある方はどうぞ*
- <漫画道>
♪高校を卒業を機に、専門学校に入学する。昔から読むのも絵を描くのも好きだった漫画を本格的を目指す。
♪一作目高校卒業後18歳の時『しずくのち晴れ』(32P)を書く。
ヤングサンデー賞に送るも落選。 かなりの自信家か、絶対賞に入ると思っていた為ショックを受ける。
後に読んでもらったA氏の感想に、18歳でこの内容しかも、「まじやなぁ」と言われる。
♪二作目19歳のとき『10−1=9』(48P)を書く。
作画期間に6ヶ月近くかかりガッカリ。ページ数の多さと自分のダラけさに苦戦する。
これまた、一作目に続きハードボイルド路線。後にやはりA氏に読んでもらった所、「まじやなぁ」と言われる。
♪三作目20歳の時に『松田旅館』(32P)を描く。
前作『10−1=9』と一緒にヤングサンデーの月例賞に投稿する。
当時コンビニでバイトしていた時になにげにヤンサン賞の発表を見ると載っていて驚き喜ぶが、努力賞か、、、と落胆する。
♪四作目20歳の時に『夏休み』(24P)ヤンマガの最終選考に名前が載るも落選。なぜか、さほどショックは受けず。
♪五作目21歳の時『ブギーマジック』(36P)を描く。
主人公に超能力を使えるという設定にしてみるも、何処までどんな、超能力ができるねん!という問題にもあたりしっくりこず。
後にスピリッツにて奨励賞を受賞する。この漫画を投稿して二ヶ月後22歳の時に上京する。F氏の紹介でアシスタントをする事に。
担当氏と打ち合わせをするも、なかなか話も浮かばず、ダメダメな日々を送る。
♪六作目22歳の時、『君を忘れない』を書く。
なんとかこの状況を脱却しようとかねてから交流のあるA氏のネームをもらい合作宣言するも、
なかなかダメダメな日々の癖は抜けず。完成まで一年程かかる。
時間はかかったものの、完成度には当時かなりの自信もあった。
が、結果はのびず、スピリッツにて努力賞に。
投稿先が悪かったのではないかとか、色々言い訳してみるもみ結局なんにもならないので、やめる。アシスタント先を移る。
♪七作目23歳の時『栗山君』(36P)を書く。
早く次の作品を書こうとあせり、ネームもろくに練らず原稿に入り、原稿の途中でネームの直しをしたりして結局完成まで5ヶ月ぐらいかかる。
絵的にもポップなものにしようと試しみるも功を奏さず、ちば賞二次選考にて落選。
重度のショックを受ける。
♪八作目23歳の時『耳をすましたら』を書く。
今までと違って、わりと気負わずにネームを書く。完成させ読んで見ると、汚れも何も知らない人が書いたかのような、ネームになり困惑する。
が友人の評価は意外とよく、A氏にも「今までのすどう氏の漫画で一番面白いと言われる。」
後にスピリッツにて佳作賞を受賞する。
♪他に19歳の時『ヤングマン』(8P) 23歳の時『大山探偵事務所』(四コマ)がある。
♪現在、新作ネームを執筆中。漫画道はまだまだ続く、、、、。
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